左手だけの生活は不便だった。
まず気になってしょうがなかった不便なことは、髪の毛。長さはセミロング。髪の毛がボサボサなのに、片手ではゴムでくくることができない。家族もできない。「輪ゴムと一緒だと思って縛ってみて!」と伝えて、なんとか髪の束をシュシュで二重にくくることはできた。取り残した毛もあるし、ゆるいし、きちんとは結べてないけれど、左手で髪の根元にシュシュを押し上げてよしとした。お風呂に入る時は、束ねた髪の先をクリップで挟んで頭の上の方の髪に留めた。
左手の箸は以前練習したことがあったから、けっこう使えて、これを期に左手を鍛えようと思った。それよりも顔や口を怪我して口が開けにくかったので、食べやすいやわらかいもの、おかゆやウドンを食べた。ウドンは慣れるまではツルリと箸からすべり落ちて食べにくかったので、長さを短く切ってもらって少しずつ食べた。
当面の予定をすべてキャンセルにするため、スマホやパソコンで連絡をした。左手だけでパソコンのキーボードを打つことはできる。できるけれど、ブラインドタッチでないとキーボードの位置を確認しながらになるので、ゆっくりしか打てない。スマホだと左手だけで操作し慣れているので、普段通り入力できる。ケータイって便利だと思った。
それが終われば何もできないので時間ができた。ケータイをいじることは左手だけでストレスなくできるので、ついケータイをいじってしまう。
髪の毛をどうやったら片手で結ぶことができるか考えた。左手で作業するので、左の耳後ろに髪を寄せる。
左手の人差し指で髪をくるくるねじって、ひとまとめにして、クリップで留めてお団子のようにするのが一番簡単だと想像したものの、実際にやってみると、くるくるねじると同時にクリップを同じ手で持てないので、クリップを取ろうと手を放した瞬間にまとめた髪が崩れる。両手を使わずにクリップで留めるのも結構むずかしいことが判明。なんとか左指が届く頭髪位置にまずクリップを留めておいてから、髪をくるくるねじって、手のひらでまとめた髪を押さえつつ、親指と人差指でクリップをはずし、留めることにした。形良くはできなかったけれど、家にいるだけだからいい。
かんざしみたいな棒を使って、髪を指ではなくて棒を使ってくるくる巻いてお団子にして、そのまま棒をお団子に挿せば髪は留まると思う。でも、かんざしを持ってないし、普段やってないので訓練が必要だと思って諦めた。
病院に行く時は寝転がるので、後頭部にクリップ留めは向いていない。左耳の後ろの位置でシュシュでゆわくことにした。主に自分の左手を使って、右手の動作は家族に頼んだ。
この「髪をゴムでゆわく」という動作は、小さい頃からやっているので、できない人がいると「なんでそんな簡単なこともできないの?」と思っていたけれど、改めて考えると複雑な動作だということに気がついた。
ゴムを引っ張って伸ばすと同時にバッテンにねじって、ねじってできた輪の間に髪の束を通す、という一連の動作がむずかしい。
片手でゴムを伸ばすためには、ゴムの力を押し戻すだけの指の筋力が必要で、右手でしようと思うと筋が痛くてできない。(これは1ヶ月経ってもできなかった)
手術日まで家の中にこもっていた。見える指をできるだけ動かしながら、家でのんびり過ごした。一人暮らしでなくてよかった。頼れる家族がいてよかった。